「研修転移(Transfer of Training)」という学術用語があります。私がこの用語を初めて見たのは、自分が共同執筆した本でのことですが、その際には、「学習転移(Learning Transfer)」の書き間違いかと思いました。その後、研修転移を冠する書籍が発売されてから、商談でも耳にすることがでてきました。その際に、改めて調べたところ「研修転移」という用語があるようです。
この用語の英語である「トレーニング」とその和訳の「研修」を同じ意味と受け取める人とそうでない人がいるでしょう。例えば、OJTのTはトレーニングですので、off-JTを指して研修といってしまうと、OJTが抜けてしまいます。なので、「研修」の定義をoff-JTとOJTを合わせたものとして捉えないと誤読しそうです。OJTで教わったことを実務に役立てることも同じく研修転移と捉えてよいと思います。海外ではOJTも含めてのtransfer of trainingの研究が前提のようですが、ネット検索をすると、研修転移という言葉の影響もあって、ほとんど「off-JT」の意味で書かれているので、訳の問題は深刻だと感じます。
今回のコラムでは、私たちが研修の事業者であることと、研修転移と訳されてからは多くのビジネスパーソンがoff-JTの意味合いで語るようになっているので、研修=off-JTと少し歪めた形で書くようにしています。
転移とは
冒頭に私が研修転移が学習転移の書き間違いだと思った話を書きました。両者の重なる部分と異なる部分をそれぞれ見ていきたいと思います。まず、共通する部分である「転移(Transfer)」とはどのようなものでしょうか。
転移(Transfer)にはTransという言葉が入っています。Transというのは、通路のような意味があります。学習内容が研修が行われる場所から通路を運ばれ、現場に移動するというようなものと考えればよいでしょう。この点は学習転移と研修転移に共通しています。
集合研修や学校の授業などでは、参加者に個別化された内容を説明できません。なので、最終的に個々人が業務に適用できる状態が「転移した」状態となるのですが、では、どこまでいけば転移したと言えるのでしょうか。
学習転移【復習】
転移のしやすさは、以前私たちの立ち上げたLudixLabという団体でイベントで学習転移の専門家である池尻さんから話を伺いました。この内容については、以前人は何を見て「似ている」と感じるのか?~3つの類似性~やそこから続けて4つのコラムに書いています。
3つの類似性とは「目的の類似性」「表層要素の類似性」「関係構造の類似性」です。この度合いを「類似度(Degree of similarity)」といいます(類似度は研修転移の文脈での用語かもしれません)。転移には「類似性」が必要で、類似性があれば「想起」されるのです。
簡単にいうと、「これ、進研〇ミでやったところだ」となれば、想起されたことになります。更に、「進研〇ミでやった方法でできそうだぞ」となり、実際にテストの点が取れたとなれば、研修転移が適切になされたということになります。
学習と研修
学習転移と研修転移の違いは、転移の目的物が「学習」なのか「研修」なのかとなりますが、研修は学習のためのものですので、研修転移も学習転移の一つです。なので、研修に場面を限定した学習転移と考えるとよいでしょう。その点で、学習転移⊃研修転移と考えています。
研修転移の「転移プロセスモデル」とは
さて、研修転移に関する著名な研究に、ティモシー・ボールドウィンとJ・ケヴィン・フォードの提唱した「転移プロセスモデル」があります。
同じ研修に参加しても、全員に一様に転移するわけではありません。
なので、研修転移のモデルでは研修のインプットとして
- 受講者の特性(能力や性格、動機づけ)
- 研修デザイン(一般的な学習原理、類似性)
- 仕事環境(上司や同僚のサポート、機会)
を総合的に勘案しなければならないとし、
研修のアウトプットとして、「学習」と「保持」を挙げています。
3つのインプットが影響し合い、「学習」「保持」され、更には「一般化」「維持」されて「転移」となるというものです。
「保持」と「維持」は似ているので区別が必要な用語ですが、保持は記憶の話で「忘れずに覚えていること」であり短期的なものです。維持は記憶を経た実践の話で「長期的に忘れずに仕事で使い続けること」です。
これを踏まえ、言い換えを行うと、研修で学んだ内容を忘れずに記憶しておき(保持)、実際の仕事の色々な場面で使えるように広げ(一般化)、最終的に定着させる(維持)こととなります。
「近転移(near transfer)」と「遠転移(far transfer)」
もう少しインプットすると、転移には2種類あり、学習した内容を学習場面と似た状況で活用することを近転移といいます。これは転移しやすいものです。逆に、遠転移は一般化を経て、学習場面とは違う場面で活用することです。例えば、問題解決研修でやり方を学んで、職場で未知の問題解決に取り組むといったものです。ゲーム研修を行う場合、多くの場合は転移しにくい「遠転移」が期待されていると考えてよいかなと思っています。
転移を効果測定する
上述したこれらの考え方は、以前コラムで紹介した「ニューワールドカークパトリックモデル」にも入っています。当社が研修の効果測定を要望いただいた際には、通常に使っているものですので、ぜひご確認ください。
次回は、研修に参加した後で研修内容を思い出す効果的な仕組みについて書きます。
公開日: 2025年3月1日