パワハラの”パワー”とは何のことか?
厚生労働省の調査 によると、過半数の52.2%の企業でパワハラの研修は行われている。このため、ご存知の方も多いと思うが、念の為定義を説明しておきたい。厚生労働省の定義では、パワハラは「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」を指す。
パワーを直訳すると「力」 であるが、ビジネスでは「権力や権威」と訳されることが多い。社会科学では、パワー、つまり権力や権威が他者に何らかの影響を及ぼすと考えられている。ただ、厚生労働省の定義を見ると、「パワー」を権力や権威よりも広義に使用している。「優位性」があれば、業務上の権威や権力がなくてもパワハラの主体になりうるし、上司に対する部下のパワハラという「逆パワハラ」なども1割以上あるそうである。
厚生労働省の定義はさておき、パワハラの定義は人それぞれ異なる。パワハラのパワーを「暴力」と認識し、身体的な攻撃がなければパワハラと思わない極端な人もいるかもしれない。逆に、自分がされていることがパワハラだと感じていない人もいるかもしれない。さて、パワハラとはどんなものなのだろうか。
実は6つもあるパワハラの類型
厚生労働省のサイトでは、パワハラを、
- 身体的な攻撃
- 精神的な攻撃
- 人間関係からの切り離し
- 過大な要求
- 過小な要求
- 個の侵害
に分類している。
パワハラの6類型|パワハラ基本情報|あかるい職場応援団 -職場のパワーハラスメント(パワハラ)の予防・解決に向けたポータルサイト-
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また、発生する順位を上からいうと、精神的な攻撃、過大な要求、人間関係からの切り離し、個の侵害、過小な要求、身体的な攻撃になるそうだ。身体的な攻撃は、最も少ないパワハラだが、パワーを「暴力」と捉える人は、「身体的な攻撃」をパワハラだと考えるだろう。やや広義に「言葉の暴力」と捉える人は、②精神的な攻撃をパワハラと考えるかもしれないが、それでもパワーを暴力と捉えていては、6類型全ては包含できそうにない。
例えば、個の侵害や過大な要求などは「言葉の暴力」にはならない。パワーとそれによる影響が指すものの認識のずれが、パワハラをパワハラと思わない人を生み、平然とパワハラを行っているのではないかと感じる。「いじめ」を行っている当事者が、自分の行為を「いじめ」と認識していないのと同じである。パワハラを認識するには、パワハラを具体的にイメージするのが手っ取り早そうだ。
パワハラの全体像は理解されていない
定義と全体像を明確にし、その上で具体的なイメージを持たせることで学習が効率的に進む。パワハラを学ぶのであれば、パワハラとは何でどのような全体像になっているのかを踏まえつつ、具体的な事例を学ぶことが重要である。どちらが欠けても学習はうまくいかない。
当社の”成果の達人”では、「成果行動」と「組織市民行動 」という聞きなれない概念を学ぶに際し、組織市民行動の類型をいくつかの具体例と共にカード化して表現した結果、組織市民行動の概念を効率的に学習させることに成功 した。この手法を適用すれば、パワハラに6類型があり、自分がパワハラだと認識していなかった類型をパワハラだと認識することができると考えた。(2017年の”モチベーションマジック”のリニューアルに際しては、同様のアプローチを用い、内容を刷新している。)
余談だが、組織市民行動の研究を進める際に、「承認」と「排斥」について触れる機会があった。パワハラと「排斥」はほとんど変わらない。組織市民行動は、その量が増えると組織の業績に良い影響があることが実証されている。一方、排斥は、例えば、メンタル不全や組織阻害行動という組織市民行動の反対概念を促し、これは結果として組織の業績を悪化させることにつながる。
リーダーシップとパワハラのダブルバインド
繰り返しになるが、パワーと影響力は、人を動かすには必須である。パワーが結果として他者に影響を及ぼすことに繋がるが、これらは、リーダーシップの要件に挙げられることも多い。ロバート・チャルディーニの名著「影響力の武器」 では、影響力の原理 を6つに整理している。本書は、セールス・マーケティング分野で著名な書籍であるが、マネジメントでも有効に活用できると言われている。また、古典的なマネジメント論 でも「コントロール」の機能がマネジメントの一機能として挙げられているのはご存知の通りであろう。これらは、「リーダーシップ」であり、発揮することを推奨されている。
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しかし、人への影響力の与え方や人をコントロールする方法を突き詰めると、次第に強制性を帯びてしまう。そして、やや乱暴かもしれないが、その強制性への受け手の耐性の程度がハラスメントか否かの境界線 となる。このことからも、どの程度であれば、強制や搾取、操作と感じられるのかという「程度問題」はやはり重要なのだろう。
昨今では、明確な「暴力」に属するかつてのような理性的判断に基づく「体罰」「教育的指導」は減っている。企業で解決が難しいとされるのは、パワハラの当事者間での感じ方の違いなのである。
感じ方の違いは、例えば、目標管理で推奨される「チャレンジングな目標」すらパワハラになりかねない。受け手の認識によっては、過大な要求になることもあるだろう。逆に、自己効力感が強く、自分にはもっとふさわしい仕事があると思っている受け手にとっては、「定型業務」は過小な要求に映ることもあるだろう。これらは強制性への耐性の程度の話なのである。
「リーダーシップを発揮しろといわれたので、発揮したらパワハラといわれる」というダブルバインド状態にあるのが上司の直面する現実である。「黙ってないで何とか言え」といわれたので、何かをいったら「口答えするな」「言い訳するな」「その言い方は何だ」といわれてしまっていずれにしても叱られてしまうのがダブルバインド状態だが、リーダーシップの発揮についてもこのような状態に陥っている上司は多いのではないだろうか。これに更に「きちんと指導してくれないのでパワハラです」とまで言われるようになっているそうなので、事態はより深刻である。
パワハラに代表される各種のハラスメントは、ハラスメントを受ける当事者の主観や価値観に拠り、特に程度の大小は「捉え方の問題」になりがちである。こうした問題を解決するには「ゲーム」は向いている。
捉え方を変えるには価値観の学習が必要
捉え方の違いを知ると何が変わるだろうか。捉え方の違いを知るだけでは「感じ方が違う人もいるから注意しよう」にとどまるかもしれない。
ここで活きてくるのが価値観の学習である。自分の感じ方と他者の感じ方の違いは、実は価値観の違いによって起こっている可能性がある。
書籍「パワーハラスメント」 によれば、捉え方、つまり思い込みは「価値観」から発生しているとのことだ。例えば、自分の基準から逸脱すると「怠け者」に見えてしまい、許せなくなってしまうことがある。本書には「捉え方」について以下のような記載がある。
自分が大切な価値観として守ってきたものだったり、親や先生から言われて育つ間に知らず知らず身についていたりしている考え方です。一般的には、物事は完璧に進めなければならない、努力をしなければならない、常に人には感じよくしなければならないなどという「価値観」を、目上の人から受け継いでいるものです。
このように、価値観は世代継承的なところがあり、自分の価値基準やその「程度」は自覚されていることの方が少ない。この価値基準を知ることがパワハラの防止に奏功し、場合によっては”かちかち山”がそれに使えるのではないかとも思う。
また、“IT’S TOO RATE”と”ボスの品格”は「捉え方」を扱うという点で、テーマが似ていると感じた人もいるかもしれない。これは実は”かちかち山”からの流れもある。組織文化を「信念・価値観・行動規範・意味の総体」 とすると、“IT’S TOO RATE”と”ボスの品格”は、規範のズレが捉え方の違いを生んでいて、価値の学習こそが本質的な解決策なのかもしれない。
パワハラは本能的な行動なのではないか
パワハラは「本能」で行われるのではないかと思う。パワハラで行われる活動は、例えば、自分の集団から生産性が低い人間を排除する、指示や命令に従わない人を排除する、気に食わない人を排除するといった、集団社会で権威を保つ行動だと感じる。こうした行動は社会的動物である人間にとって本能的だ。研修は、本能に逆らうことを教育する(例えば道徳教育や宗教教育)、放っておいてはできるようにならないこと(知識や技能)や、もしくは体験してみなければわからないこと(態度)に行われる。パワハラへの教育は、本能に逆らうことへの教育だ。だからこそ重要なのである。
本コラムは、「ボスの品格」デザイナーズノートに掲載した原稿に加筆修正を行ったものです。
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公開日: 2018年9月30日